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【赤坂地区の旧町名由来】赤坂檜町

      2020/12/15

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赤坂で「檜町」といえばミッドタウンに隣接する「檜町公園」が思い浮かびます。御池や休憩所などもありどこか武家屋敷の庭園を感じさせる雰囲気ですが、今のミッドタウン・檜町公園がある赤坂9丁目付近は、昔は「赤坂檜町」という町名でした。

そして「赤坂檜町」という名前の由来は、寛永以後、萩(長州)藩毛利家の屋敷地だった頃に邸宅内に「檜」が多く「檜屋敷」と呼ばれていたことに由来するようです。毛利家といえば中国地方で圧倒的な勢力を誇った武家であり「3本の矢」などの有名なエピソードもありますが、今のミッドタウン周辺のエリアが毛利家のお屋敷だったんですね。

「赤坂檜町」という町名が使われていた時代にタイムスリップしてみましょう。
昭和31年の「赤坂檜町」周辺の地図が以下です。
「赤坂檜町」の周辺には三河台町、麻布竜土町、麻布今井町、赤坂氷川町、赤坂新町などの町名が見られます。

(クリックで拡大できます)
歴史_赤坂檜町

画像:港区公式HP

「赤坂檜町」の旧町名由来

古くは今井村のうちでしたが、寛永(1624~1644)以後、萩(長州)藩毛利家、松江藩松平家、山家藩谷家の屋敷地となり、幕末まで大きな変化はありませんでした。萩藩毛利家屋敷は元治元年(1864年)、幕府と萩藩とが対立したため、召し上げとなっています。

町の北部に麻布今井町年貢町屋がありました。これはかつての今井村の百姓家に由来すると思われ、承応3年(1654年)頃にはこの町屋が今井本村と呼ばれ、中心的な位置をしめていたようです。

明治5年(1872年)、麻布今井町年貢町屋と武家地を合併して「赤坂檜町」となりました。町名は毛利家邸内に檜が多く、檜屋敷と呼ばれていたことに由来します。

明治になって、町名の南東部三分の二は陸軍省用地となり東京鎮台歩兵営がおかれ、後に歩兵第一連隊となりました。

西部は明治20年(1887年)頃は、空き地や畑だったようで、明治末頃までには大部分が住宅地となり、北東隅には、わずかに商店がありました。

戦後は、歩兵第一連隊が進駐軍に接収されハーディバラックスという兵舎となりました。昭和37年、アメリカから敷地が返還され、跡地には平成12年まで防衛庁が置かれていました。

引用:港区公式HP

そして現在

そして現在、この檜町の名前を冠した高級マンションが赤坂9丁目に建つことになっています。完成は2018年。

マンションの名前は「パークコート赤坂檜町ザタワー」

檜町公園ごしのタワー

地上44階建て高さ170メートルの高層タワーマンションです。
歴史あるこの地に誕生する超高級マンション。赤坂檜町の町名の由来などの歴史を知った上でマンションを見るとまたその価値を感じられますね。

「パークコート赤坂檜町ザタワー」に関しての記事はこちらをご確認下さい。

 - 赤坂

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